
伏波将軍・馬援について
About General Fubo, Ma Yuan



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伏波将軍・馬援(Wikipedia)は、光武帝に仕えた将軍で、戦に負け知らずの武将でした。伏波将軍が中国とベトナムの反乱を鎮めたことで、国と民に大いなる貢献をした忠臣とされています(ネットに多くのエピソードがありますので、ここでは省略いたします)。
かの軍師・孔明も、伏波将軍に参拝して救いを求めた際、あらたかな霊験を得たと伝えられています。(引用元:百度)
また、馬援の娘は一般女性でありながら馬皇后(引用元:新浪新聞)となり、無実の罪を着せられ、功績を無にされていた亡き父・馬援の名誉を回復させ、さらには中国初の女性学者にまでなったと伝えられています。今なお中国では、伏波将軍への信仰が篤いといわれています。



父からフランス、そして私へ
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時代が変わり、私(筆者)の父がフランス軍としてベトナム戦争に参戦した際、仲間と三人で雨宿りした荒れた祠で、「聖爺公(広東語:Sen Ye Gon)」と名乗る神様が現れ、あらたかな霊験を経験したといいます。これをきっかけに、農業を生業としていた仲間の間でも伏波将軍信仰が広まり、伏波将軍を祀る祠「儂会(ヌン会)」が創建されたと伝えられています。
出陣する際には必ず伏波将軍に祈願する風習が華僑の間で定着し、伏波将軍の名は広く知られていました。筆者の幼少期、父は我が家で伏波将軍を祀っており、聖爺公(Sen Ye Gon)のさまざまな霊験を父から聞かされていました。私にとって伏波将軍は、神様というよりも、親しみのある「お爺ちゃん」のような存在でした。
私(筆者)が五歳の時、父はフランスへ移住し、フランス退役軍人として仲間とともに、フランス国立協会「退役軍人および戦争犠牲者 ナショナル・アソシエーション・ヌンフランス」(所在地:シャントルループ・レ・ヴィーニュ、78570)、通称「儂會(伏波廟)」を創建しました。
筆者も何度かフランスを訪れた際に伏波将軍の祠を訪ねましたが、当時はその意味を理解できず、関心を持てずにいました。しかし、父が亡くなって15年が経った頃、私は自分のルーツに興味を持ち始め、亡き父の人生を振り返る中で伏波将軍について知りたいと思うようになり、インターネットでいろいろと調べ始めました。伏波将軍の功績、忠孝の精神、そして愛国愛民の人柄に深く感激し、風化しつつあるヌン・フランスを訪れて退役軍人の慰霊祭に参加しました。そして、伏波将軍の愛国愛民の精神と、困った人を助けようとした父の想いを、自分が引き継いでいきたいと思うようになったのです。
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未来へ
これまで出会った人々に、心身ともに元気で楽しく生きる方法を伝え、実践してきました。これからは、皆さんを異次元へと誘い、そこで感じ得たことを伝えていきたいと思います。